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INTERVIEW 07

変化し続ける時代でも、

PRの力を信じ、

本質に向き合い続ける

Y.N 中途入社

ブランドプロデュース局

Q. 学生時代に学んでいたこと

学生時代は外国語大学でフランス語を専攻していました。

PRとは直接関係のない学びでしたが、もともと「将来は海外に関わる仕事がしたい」という思いがあり、語学を軸にキャリアを描いていました。

語学の学習と並行して教員免許の取得も目指しており、当時はPR業界に進むことは具体的には考えていませんでした。

Q. マテリアルに入社したきっかけ

大学卒業後に就職した旅行代理店での業務を経て足を踏み入れた職場は歩合制の仕事でした。成果が生活に直結するので、やりがいと共に大きな不安も感じる環境でした。

そういった環境の中で仕事をすることに対する自信をなくし、仕事を辞めようと考えたとき、当時の先輩に相談したことが転機になりました。

先輩から大阪支社の立ち上げを検討していた当時の社長を紹介され、話をしたことがPRという仕事やマテリアルという会社を知るきっかけでした。

その当時は、PRがやりたいというわけではなく、未経験の環境でゼロから学ぶことで成長し、仕事をすることに対する自信を取り戻したいという思いが強く、転職を決めました。

Q. 入社後のキャリア

入社当時のマテリアルは、社長を含めて8人ほどの小さな組織でした。

大阪支社の立ち上げに向け、まずは東京で約4〜5か月間、先輩社員とともに業務を行いながらPRの基礎を学びました。実務だけでなく、営業活動やメディアプロモートなど、PRに関わる業務を短期間で数多く経験しました。

その後、大阪に戻り支社としての活動を開始しました。関西圏の企業や広告代理店、テレビ局や制作会社へ出向き、大阪支社の基盤を作る役割を約3年間担いました。その間に少しずつメンバーも増え、組織として少しずつ整備された頃、東京へ戻り、現社長である青﨑が管理するチームに所属しました。

大阪支社と比較すると、組織の規模やプロジェクトの規模が異なる中、複数のプロジェクトディレクションを担当し、多くの同僚や後輩との仕事を経験することで、少しずつマネジメント業務に興味・関心を持ちました。

Q. 一番印象に残っている仕事

東京転勤の前後で担当した、某企業の実証実験プロジェクトです。派手な商材ではなかったのですが、どのようなストーリーを設計するか、その商材は私たちの生活のどんな課題を解決してくれるか、その課題はどういう人たちが抱えているか、様々な角度から細かく検討しながら進めました。

実施場所は福井県。「地方都市での取り組みだから、なかなか取材獲得は難しいのでは」と不安もありましたが、当時の社会課題と取り組みの内容がうまく重なったことで、東京・大阪・福岡など様々なエリアから取材の希望をいただき、結果、多くの方に情報を届けることができました。

この経験を通じて、「PRは東京でやるもの」という固定観念が良い意味で覆されました。地方都市の取り組みであっても、社会的なテーマと商材を適切に重ねることで、多くの人に届けられる。そして、企業・自治体・地域住民など、関係する人たちの声が一体になったとき、PRは大きく広がっていくものだと実感した、忘れられない経験です。

Q. 学生へのメッセージ・この会社で得られる経験

仕事でも人生でも、失敗したり「自分には向いていないかもしれない」と感じたりすることは、誰にでもあると思います。ただ、正解は一つだけではないと考えています。100点を目指して努力しても必ず100点が取れるわけではありませんが、結果だけでその人を否定するものではないと思います。

100点が取れなかった日があっても、次にどうすれば100点に近づけるかを考えて、もう一度挑戦すればいい。一つの失敗だけで諦めたり、後ろ向きになってほしくないと思っています。マテリアルには、失敗したから終わりではなく、考え直して次の挑戦につなげられる場があります。失敗を糧にして、次のチャレンジで成功体験を積んでいってほしいです。

Q. 大切にしているVALUE

「Focus on.」

「Focus on.」という言葉を大切にしています。

生成AIの活用が当たり前となった今、重要なのはPRの力を信じ、PRでできることが何かをこれまで以上に考えることだと思っています。

生成AIの進化は仕事を奪うものではなく、PRパーソンのスキルをより早く高められる味方だと思います。これまで、入社間もない期間は実作業に時間を取られることが多かったと思いますが、生成AIの活用により、早い段階で本質的なPR業務に従事することができ、成長スピードも速めることが可能です。

解像度を上げ、本質に焦点を当てる「Focus on.」が一番好きなバリューです。